
は~~~~~~~~~~~~~~あ(´Д`)=з
いきなりのっけから長いため息ですみません。
今、初めて胸に溜まった水を1.35リットルくらい抜きました。
現在3リットル程度溜まってるみたいで、そろそろしんどいだろうということで。
これまでは背中の凝りなどもあいまって余計しんどかったので矯正治療院に通って息通りを少しでも良くしたり(かなり効果あり)、旦那ちゃんが日中から夜中に至るまで咳込む度背中をさすってくれたりしてしのいでいました。
が、それもまだ溜まり途中であれば良いものの、こうして量が溜まってきちゃうと根本的解決が必要で…
一体水はどちらさんから抜くのかと思えば、机に枕を抱きかかえながら正面にもたれ、体勢を保って背中に麻酔を打ち、エコーで診ながら針と管を刺して吸い上げてる感じでした。
足下にはツボがあって背中からの管が繋がってポタポタと自分の肺の水が溜まってました。
なんという光景…
自分には久しぶりな新鮮味がありました。
治療の痛みや辛さには慣れたつもりだったのに、なんとも言えない辛さがありました。
もともと息が苦しくて水を抜くのに、浅く呼吸しないと息がどこかに触れて咳が出てしまうし、同じ姿勢のままただ溜まるのを待つ間いろいろなことを考えてました。
抜き終わったらそのまま続けてマイトマイシン(抗がん剤)を胸の中に注入して、今は治療室で休んでます。
明日は表参道ヒルズでピンクリボンの幕開け…
先生から「命削ってやってるみたいだなぁ」と苦笑いされましたが、例えそれが事実としても、あるいは客観的に見たらそうだとしても、「私にとって」それはNOならばNOなんだと思ってます。
それが私を生かしてくれてるっていう確証はないけど、そう感じて楽しみを増やして行けるならそんなに素晴らしいことはないと思います。
私の中では「どれだけ生きるか」じゃなくて「どう生きるか」なの。
もちろん、周りに心配をかけてるのは重々わかっているけど、じゃあ安静にしたまま寝たきりにしてたらみんなの気は済むのかな?毎日どこへ行くでもなく何かするでもなく黙って家にいて内向的になった私を見て良しとするのかな?
ーーーそんな気もしているんです。
だって、「無理してる」わけじゃないから。。。
本当に私が弱ったら好きなものだの行きたいとこだのとばかりは言ってられなくなるじゃん。本当に皆がつらいのはそこからだと思う。
だから今の私ができることに楽しんで向き合ってることをどうか理解してほしい…かな………………………
今、治療室で不思議な出逢いがありました。
またそのことは大切に書きます(・ω・)
水で潰れた肺が元に戻ろうとして少し変な感じがします。
でも、とりあえず………まゆは無事ですよ。